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破天荒な海外生活ブログ

ニュージーランド、オーストラリア、そしてカナダ。転々と放浪中

カナダ東部 最大都市トロント

10月に仕事を終えた後はトロントへ行くつもりという話をしましたが、

海外生活と今後のこと - 破天荒な海外生活ブログ


バンクーバーからトロントまで飛行機でいくらかかるのか見てみると、、、


最安値で$288!


うーん、国内線でこれはやっぱ高いよなぁ。まぁバンクーバーからカルガリーの最安値が$143であるということを考えると、距離あたりの価格で見ればお得っちゃあ、お得なんですけどね(価格は2倍だけど、距離は5倍)。


西海岸、太平洋側に位置するバンクーバーと東海岸、大西洋寄り(沿いではない)に位置するトロント。広大なカナダの土地を横断する形となります。


トロントはカナダ最大の都市です。本当はあまり都会には行きたく無いのですが、なんだかんだ言って都会の方が色々とチャンスは広がっているのかあぁと。西部に飽きたから東部に行くっていうだけの話でもあるんですけどね。

海外生活と今後のこと

あっという間に8月末になってしまいましたね。今済んでいるシェアハウスにも退去通知を出し、11月の頭にバンクーバーを離れることになります。


仕事の契約も残りわずか2ヶ月。ようやく仕事に慣れてきた頃に辞めることになるのは残念ではありますが、まぁ仕方ないことですね。10月末に仕事を終えた後は、また環境を変えてカナダ東部のトロントへと向かう予定です。


考えてみれば、次のトロントでの生活が正真正銘私の長期海外生活の最後を飾ることになりそうです。もうワーホリ取れる年齢では無いし、学校に行きたいとも思わない(そもそもそんなお金はない)ので、4年間に及んだ海外生活に一度ピリオドを打つことになります。


寂しいという気持ちと、日本に戻ってやっていけるかなという不安が私の頭の大半を占めており、あまりワクワクするということはありません。そりゃあ4年も離れていれば、改めてその環境に適応できるかどうか分からないので、不安にもなります。この仕事がやりたいということもなければ、絶対に英語を活かしてやろうという気分でもありません(最近あんまり英語喋ってないなぁ・・・)。


どうなることやら。今の内に日本に帰ったときのことをある程度考えて置かないと、後々苦労しそうな気がします。

バンクーバー 夕暮れ~夜景

バンクーバーは非常に日が長いので、普段仕事が終わって家に帰った時点ではまだまだ昼のような明るさです。


さらにそこから走ってシャワー浴びた後でも、日はまだ落ちず、その後外出しない限りは夕暮れの景色や夜景を見ることはほとんどありません。


今日は気分を変えて、夕暮れ時くらいからぶらぶらバンクーバー市内を歩いていたのですが、当たり前のことだけど昼間の風景とは異なっていて何だか斬新でした。


もちろん夕暮れや夜景を見たこと無いなんてことはありませんよ。ただ今日は写真でも撮ろうかと意識しながら歩いていたせいか、いつもと違った雰囲気を味わえたような気がしました。


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メタ認知能力を向上させる方法

昨日メタ認知の話をしましたが、

 自信の無い人に見られる「メタ認知」能力の欠如 - 破天荒な海外生活ブログ


そのメタ認知能力を鍛えるために何をすればよいのか。グーグル先生にお伺いしたら、まぁ色々と出てきたのですが、日記やブログを書くこともメタ認知能力の向上に役立つみたいですね。


自分の考えや体験したことを言葉にして出力してみる。これがメタ認知能力の向上にいいというわけです。言われてみればその通りかなと思います。


ブログを書くために何かネタが思い浮かんだとき、とりあえず頭の中で思考を整理します。自分の中ではものすごくきれいに整理できていたつもりなのに、いざ書く作業に入ると全然うまく文章にすることができません。


頭の中だけにあるときって、結局分かったつもり、整理できたつもりになっているのですよね。外に出力していないから、何となくで終結してしまっていて、いざ外に出すときに具現化できない。


実際自分の思考を外に出す作業(ブログを書く)をしていると、頭の中にあった思考とは全く違う中身の文章になってしまったりしています。


そんなことが起こるのは、思考の段階ではちゃんと分かっていないってことですよね。うまく言葉で表現できないということは、その思考が人に説明できる状態に達していない。ひいては、メタ認知能力が低く、自分を俯瞰視できていないことによって生じているのかなって思います。


日記やブログで自分の思考を文章化することを繰り返していると、きっと自分の頭の中にある思考と、実際に文章として出力された思考とのギャップが少なくなっていくということなのではないかと思います。


文章に限らず、自分の考えを絵や図として出力するのも、メタ認知能力の向上に役に立つみたいです。要するに、自分の頭の中にあるものを、きちんと整理して出力できるようにする訓練が必要ということですね。


頭の中で分かっている気になって、それを外に出すという作業をしないと、その頭の中にある誤った思考がそのまま本物の思考だという錯覚を起こしてしまうのかもしれません。


出力されずに頭の中だけに留まっている思考が誤っているかどうかはともかく、メタ認知、つまり高次から客観視した自分の思考とのギャップがあるのは間違い無さそうです。日記やブログなどで出力を続けるのは、そのギャップを埋めていく作業ということになるのではないでしょうか。


実は今こうやって書いている間も、自分が書こうと思っていたことと実際に出力されている文章との内容との相違にちょっと戸惑っていたりします(笑)。もうちょっと整理できているつもりだったんだけどな・・・ってこの「つもり」が良くないんですよね。こうやって漠然としていた思考の中身を具体的に表現することこそ、メタ認知能力を向上させるポイントなのかもしれません。

自信の無い人に見られる「メタ認知」能力の欠如

なぜだか最近「メタ認知」という言葉をやたらと目にする気がする。目にするというより、気にかかるという方が正しいのかも知れません。


メタ認知っていうのは客観的に自分を見ることですよね。自分を俯瞰視する。別に特別目新しい言葉というわけでは無いはずなのですが、まぁとにかく私の意識の中に入ってくるわけです。


何でだろうという理由は、考えるまでもなく自分自身にその能力が欠けているからなんですよね。


自分自身を客観的に見るというのは、自分の能力や性格を正しく判断する上で欠かせないものだとは分かっていますが、どうしても主観的に自分を見てしまいます。


特に自信の無い人にとって、自分を主観的に見てしまうと、どうしても自分のあらゆる点を過小評価してしまうものです。


私を含み、そういう自信を持てない人って、常に誰かと比較してしまうんですよね。比較するような人が近くに全くいなかったとしても、どこかに間違いなく存在するであろう、自分よりその能力に優れている人と比べてしまうってことは、実は結構あるような気がします。


意味も無いのに勝手に比較対象を作って、なおかつ比較対象のレベルがもの凄く高いんですよ。上には上がいるということを認識してしまった時点で(そんなのは当たり前のことなのに)、勝手に自信を失います。


どんな能力を取ってみても、自分より優れた人がいるというのは本来当たり前のことで、それこそスポーツでいえばオリンピッククラスの選手にならないと、上には上がいるという状況が無くなることはありません。


誰もがオリンピックの選手になる必要は無いわけで、もの凄い勝負の世界で生きるのでなければ、自分が必要だと思うレベルで絶対評価ができていればいいと思います。誰かと比較する必要なんかは無い、というか比較するからおかしくなる。


どうしても私は常に相対評価で自分を見てしまうのですが、同じような人って結構多いのではないでしょうか。


私は自分がそういう人間だということを認識していて、それを改善したいと最近強く思っているからこそ、「メタ認知」という言葉が引っかかるのかもしれません。


自分を主観的に見るか、客観的に見るかということと、自分を絶対評価するか、誰かと比較して相対評価するかということは決して同じ意味ではないとは思います。


ただ私が思うに、自信の無い人、十分な能力があるにも関わらず自分を過小評価してしまう人は、間違いなく自分を客観視できていないはずです。つまり「メタ認知」能力が低いというわけですよね。


比べる必要の無い人を幻想的に作り上げ、勝手に相対評価を始めるのは、やはり主観でしか自分自身を見られていないのかなと。感情で判断してますよね。1回自分を俯瞰視してみれば、そんな比較対象は存在しないことが分かるのではないでしょうか。そんな気がします。


置かれた環境の中で、自分を正確に客観視することって本当に大切だなと思います。このメタ認知ができないことによって、自分を過小評価してできることもできなくなってしまったり、あるいは逆に、過大評価して反省したり改善することを怠ったり。


自信の無いまま生きてたって損なだけですからね。「メタ認知」能力を鍛えていこうかなぁとここ最近考えています。

迷ったとき「苦しい道」を選べるか~オリンピックが終わって思うこと

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」というのは良く言われることです。


若い内に苦労をしておかないと、年取ったときに苦しい場面に出会うと、対応できなくなってしまいますからね。楽な道ばかり選んでいては成長もできません。


リオでのオリンピックが終了しましたが、ああいう舞台でメダルを取る人達って間違いなく「苦しい道」を選択してきたはずなんですよね。


もちろん「苦しい道」といっても、退屈とか面白くないという意味ではありません。どうやったら強くなれるか、どうやったら勝てるかっていうのを考えたときに、自分のやるべきことが何かというのをリストアップして、それらをちゃんと実行に移しているんですよね。楽して勝てるわけはないので、それらが「苦しい道」になるのは必然だと思います。自分がどれだけそのことを好きで楽しいと思っていたとしても。


私は今回のオリンピックはネットのニュースを見ていただけで、映像は1秒も見ていないのですが、何だかテキストを追っていただけで感動してしまいました。勝っても負けてもオリンピックの舞台に立つこと自体が素晴らしいことであって、勝ったときの嬉し涙、負けたときの悔し涙。その裏側にあるはずの努力の積み重ねを想像すると、文字を読んでいるだけで自然とこっちも涙をこぼしてしまいます。


で、そういうオリンピックのニュースを見た後、ふと我に返ると、「あれ、俺は一体何をやっているんだろう」という気持ちが湧いてくるのです。素直に感動して、自分も頑張ろうっていう気持ちも勿論あるにはあるのですが、自分のことを情けなく思う方が強く出てしまうわけです。


別に私はオリンピックに出たいと思っているわけではないので、もちろん同じ努力をする必要はありません。しかも、オリンピックにそれぞれの国の代表として出場するような人たちですから、そもそもすごいのは当たり前です。


でも彼らが宇宙人だったならともかく、同じ人間だし、どうしても今の自分との姿を重ね合わさざるをえないのです。


自分が子供のころに見ていたオリンピックは人生の先輩方が世界の舞台で活躍しているという状況でしたが、30を過ぎた今、ほとんどの選手が自分より若いわけで、自分の辿ってきた道と彼らが辿ってきた道のあまりのギャップに絶望的になってしまうというか。俺は何の苦労もせず、どれだけ楽な道を選んできたのかと。


生き方の違い、目指しているものの違いはあれど、やっぱり「苦労」無くして到達できないものってありますよね。そこに到達するために努力を重ねてきた人と、楽な道、楽な道を選んで努力から逃げてきた人。差がでるのは当然です。


だからこそ、今からでも選択に迷ったら「苦しい道」を選んでいけるようにしたいのです。闇雲に辛い思いをする必要は無いとは思いますが、せめて自分のコンフォートゾーンの外に出て、何かに挑戦し続ける気概っていうものが欲しいですよね。


複数の選択肢が目の前に現れたとき、楽できる方を選ぶか、苦しい方を選ぶか。1つ1つの選択の積み重ねで自分が形成されていきます。


オリンピックも終わってしまえば、ただ観戦していただけの一般人の記憶からはすぐに褪せて過去のイベントになってしまうことでしょう。丁度今オリンピックの熱気も冷め止んでしまう前に、何らかの形で自分の糧にしたい。そんな思いでいます。

ハーフマラソンよりきつい!? グラウスマウンテン登頂レポート

さて、本日はバンクーバーの人気観光地の1つ、グラウスマウンテンに行ってきました。


昨日の宣言通り、ゴンドラは使用せず、グラウスグラインドというトレイルコースを利用しての登山です。


このグラウスグラインド、事前情報では結構過酷な感じを持っていましたが、結局どうだったのか。結論から言うと・・・

 


想像以上にしんどかった😅

 


しんどいんだろうなぁと思ってはいましたよ。でも自分なら大丈夫と高をくくって臨んでいたのです。何なら途中ちょっとトレイルランのつもりで走ってやろうかなんて考えていたほど(実際にトレイルランのイベントが開催されるコースです)。


しかし、登り始めて5分もしない内に自分の考えがどれだけ甘かったのかを痛感しました。


決して登山として難易度が高いわけでは無く、あくまでも「ハイキングコース」です。しかし、そのきついこと、きついこと・・・。


何と言っても傾斜がきつい!30°の傾斜なので、コース中のほとんどは木や石の階段が設けられており、ひたすら登って登って登りまくるのです。


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傾斜が緩やかな部分がほぼ無いので、ただひたすら登り続けるしかありません。道が狭いこともあり、簡単に「ちょっと途中で休憩」なんてことも難しいのです。


それでも人は多いので、後ろから来る人の邪魔にならないよう、ペースを保ち続けなければいけないプレッシャーがかかるので、自分のペースで進むことができず、それもしんどさを倍増させます。


しかも、登っている途中はきれいな景色に癒されるなんてこともないのです。頂上付近まではひたすら森の中を登り続けるので、木と石と斜面しか見えません(笑)。


1/4、1/2、3/4地点にそれぞれ標識が設置されているのですが、1/4に到達したときは正直絶望しましたね。「え、1/2の間違いでしょ?」と。ようやく3/4の地点に到達したときに歓喜したことは言うまでもありません。


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結局かかった時間は1時間10分。サイトに載っている平均1時間30分よりは
速く行けましたが、本当に大変でした。正直言うと、ハーフマラソンよりきつかった。


そんなきついコースでも、明らかに10歳以下と見られる女の子がすいすいと前に進む姿を見て、すごいなぁと感心すると共に、それを見て競争心を掻き立てて必死で追い越す31歳(笑)。平均より速かったのは、この大人げない競争心のせいかもしれませんね😄。


何はともあれ、登り切ったときに達成感を持てたのが何よりです。上からの眺めを楽しんだ後は、$10払ってゴンドラで下山しました。あんなに必死で登った山を10分もかからずに(体感では5分くらいだった)何の苦もなく降りるときの儚さといったらありません。


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あんなにあっさり元の位置に戻されると、何だか悲しい。例えるならRPGのゲームをやっていて、頑張ってダンジョンの奥深くまで行ったのに、セーブする前に消えちゃった、みたいな感じ。ちょっと違うか。


ちなみにこのコースにはまる人が結構いるようで、タイムカードを購入することで、自分のタイムを記録することができるみたいです(スタート地点とゴール地点でカードをかざす)。


その公式の最速記録は25分なんだとか!はっきり言って化け物です。当然走らなくてはそんな記録は出ないのですが、あのコースを走るということそのものがすごいです。とてもじゃないけど真似できないなぁ。


そんなわけで、グラウスグラインドは日本語で言う「ハイキング」の響きからはかけ離れた、苦行のようなものでした。修行が好きな人は是非お試しあれ。