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破天荒な海外生活ブログ

ニュージーランド、オーストラリア、そしてカナダ。転々と放浪中

情報は本当に有料の方が価値があるのか?

ブログマラソン314日目。

 

何かを学習するときに、よく「お金を払った方がやる気も出て効率的になる」というようなことが言われますが、個人的な体験から考えると端的に有料の方が情報に価値があるとは思っていません。

 

私自身何かを学ぶための教材を買ったりして、色々と投資してきました。極端に高いものには手を出したことはありませんが、役に立ったものもあれば役に立たなかったものもあります。また色々と投資する一方で、無料のオンライン講座などお金をかけずに済む学習方法があれば、それらも積極的に利用してきました。

 

そういった今までの学習を通じて、情報にお金を払ったからやる気が出たという経験は一度も無いのです。有料だから信ぴょう性があるかと言われても、そこにもあまり同意できません。

 

情報の価値はその人の価値観によって決まるものであって、同じ情報であれば有料であっても無料であっても価値は変わらないと思うのです。結局のところ、その情報を得る欲求があるか、学ぶ意欲があるかどうかですよね。

 

例えばどうしても英語を学びたいという意欲、好奇心があれば、無料の情報を上手く活用して学習につなげることができるはずです。一方、英語は身につけたいけどそこまでの強い意欲を持っていない人の場合、オンラインの講座に1万円払ったからといってやる気に火がつくとは思いません。

 

もちろん「1万円払ったのだから受けなくてはもったいない」という義務感は生まれるかもしれませんが(有料の情報に価値があるという主張の論点の1つだと思いますが)、そもそも学習意欲が欠けていればそんな義務感は決して長続きはしないでしょう。このことに関しては私自身も実感済みです。

 

有料の方が情報の価値が上がるのは、よほど経済的に苦しい状況に立たされているときに限られるのではないでしょうか。なけなしのお金をはたいて手に入れたものであれば、それを大切にすることができると思います。一方、私は金持ちではありませんが、貧乏でもありません。娯楽にお金を費やす余裕くらいはあります。そういった状況でも確かに1万円の出費は痛いのですが、経済的に致命傷になるわけではありません。無理やり自分の意欲を書きたてられるのは最初だけで、時間が経てば「有料」の効果は消えすぐに「無料」の情報と同じになってしまいます。

 

また、その人のお金に対する認識の違いも大きいと思います。自己投資はなるべくしたくないと思っている人と、自己投資はいくらでもしてよいと思っている人とでは、その情報にお金を払うときに感じることは異なるはずです。普段自己投資しない人にとっては1万円の講座は非常に貴重なものかもしれませんが、普段から自己投資している人にとっては1万円の講座は当たり前のものであり、それ自体が特別にはならない可能性が高くなります。

 

いずれにしても、有料無料に関わらず、情報を受け取るときにその情報に対してアンテナが張られているかどうかが最も重要な点だと思います。その情報の価値を判断するのは情報を受け取る人次第であり、それに何万円払おうが無料で仕入れようが、その人にとってのその情報の価値は変わらないのではないでしょうか。

 

以上色々書いてきましたが、そもそも私が学習に利用してきた大半の情報は有料なものであるため(英語教材なんかは普通買わなきゃいけないですよね)、分かりやすい比較材料が揃っていないのは事実です。個人差もあることだと思うので、決して「有料でも無料でも情報の価値に変わりはない」なんて結論を下すつもりはありませんが、「情報に対してお金を払った方がやる気も出て効率的になる」ということを体感したことが無かったので書かせてもらいました。